「劇場版 涼宮ハルヒの消失」の考察

たにぐち明生
最終更新:2010-02-12
初稿:2010-02-10, 追記:2010-02-12,第2追記:2010-02-25,第3追記:2010-03-01

「劇場版 涼宮ハルヒの消失」を観ての,私なりの考察を書きます。当然ながらネタバレです。
無駄なセリフ・無駄なシーンというのはないというのが原則だと思っています。 単なる雰囲気作品ではなく,ちゃんと構築されたフィクションであるというのを前提にして考察したいと思うのです。
なお私は,原作は未読です。テレビアニメとyoutubeアニメとサウンドアラウンドをチェック済み。

「犯人はユキ」か?

世界改変の実行犯が長門有希なのはたしかでしょう。それは,長門本人も認めており,キョンたちもそう理解しています。
しかし,長門の単独犯なのでしょうか。

「涼宮ハルヒの憂鬱」では,絶対的第三者からの視点は登場せず(「サムデイインザレイン」は例外),キョン視点で叙述されます。したがって,キョンの知覚・認識・理解に基づいて描写されています。よって,物語内での叙述が真実をすべて言い当てているとは限りません。

私は,情報統合思念体のいわば「心」の揺れ動きであり,またSOS団員たちの心の揺れ動きが原因だと思うのです。

まずわかりやすい,SOS団員たちの気持ちについて言及してみます。

ハルヒ:
普段は快活で楽しそうだが,夜寝ているときには閉鎖空間を出現させることもある(古泉情報)
長門:
観察者として追随している間に,エラー,バグを発生させた(エンドレスエイトなども遠因だと思われる)。キョンの理解では,感情が芽生えた。キョンが,長門を構ってやらずに,長門に依存していた。
朝比奈さん:
大変だった(3年前の七夕での大人バージョンの述懐)
古泉:
涼宮さんは私の属性にしか興味がない。キョンに対して「うらやましいですね」
キョン:
平穏な日常を求めていた。ハルヒの巻き起こす世界に対して斜に構えているところがある。

ハルヒの場合は,夢の中での潜在意識の揺れ動きかもしれません。以前のことを思い返してみれば,ハルヒが自分の願望に対して失望したとき,閉鎖空間を出現させています。古泉たち機関が戦っていることによって,ハルヒの世界が維持されています。ハルヒが絶望してしまうと,宇宙=世界が崩壊してしまうわけです。いまだハルヒのなかで,若干ながら現実的な虚無感が残存しているから,寝ている間に閉鎖空間を出現させるのかもしれません。

キョンは,ハルヒに振り回されているのを楽しんでいるところもありながら,斜に構えているところがあります。長門に対してのみならず,キョンは依存的なところがあります。エンドレスエイトでも,ハルヒに振り回されっぱなしで宿題を放置していたがゆえに,エンドレスループが起こったわけです。

他の3人をみると,基本的にはハルヒの世界に追随しながら,どこかしら問題を抱えているところがあります。心の片隅に,平穏な日常だったらとか,もしもこんな世界でなければといったような思いがあってもおかしくありません。
「涼宮ハルヒの消失」は,SOS団員たちの葛藤です。

とはいえ,キョンを除いた4人は,ハルヒの世界を少なくとも一応は承認しているわけです。はっきりしないのはキョンであり,「涼宮ハルヒの消失」では,キョンの意思確認が行われているわけです。

「涼宮ハルヒの憂鬱」は,キョン視点で叙述されており,キョンは視聴者代表です。キョンは,「普通の人間」である視聴者のいる「平凡な世界」と,ハルヒの願望が作り出す世界との間の橋渡し役です。
ハルヒがSOS団で募集しているのは,宇宙人・未来人・超能力者・異世界人です。宇宙人は長門,未来人は朝比奈さん,超能力者は古泉です。では異世界人は? キョンだと思います。

キョンが,平凡な世界を選ぶのか,ハルヒの世界を選ぶのか。それは,視聴者に対する問いかけにもなります。
「涼宮ハルヒの憂鬱」の世界に浸るのか,捨てるのか。

「もしも世界がこんなだったら」 そんな願望に浸り続けるのは,あるいはピーターパン症候群のようなものかもしれません。
しかし,「涼宮ハルヒの憂鬱」を楽しんでいる人はどこかしら,そういう気持ちをもっているのでしょう。
もしも,「涼宮ハルヒの憂鬱」が要らないというのなら,シリーズが終わってしまえばよいわけです。
これは,キョンに対する問いかけであり,視聴者に対する問いかけです。

いや,「涼宮ハルヒの消失」がハッピーエンドでも,シリーズは「終わらない」終わりを迎えてかまわないのかもしれません。
原作者も,これで打ち止めにするという手があったとは思います。

さてそして,情報統合思念体というものの問題です。
情報統合思念体というのは何なのか。長門や朝倉の親玉といえばそうですが。
あるいは,ハルヒの心や,私たちの心でもあると思うのです。
情報統合思念体でも,非日常を中立的に観察する立場(長門系)と,あえて壊しにかかる急進的な立場(朝倉系)とがいます。
ハルヒの作り出す非日常世界を,守るのか(古泉),中立的に観察するのか(長門),待てないから破壊するのか(朝倉)。そもそもそんな非日常なんてあるわけないのか(ハルヒの憂鬱)。

ハルヒの憂鬱と願望の葛藤が,情報を爆発させ,「わたしはここにいる」になり,そして神様か織姫彦星か誰のたわむれかはわからないが,「涼宮ハルヒの憂鬱」の世界を作り出したわけです。
そのたわむれの根源が,ハルヒなのか,キョンなのか,原作者なのか,読者・視聴者なのか。それを断定することはできませんが,その人の心次第で,ハルヒの世界はいかようにもなるのです。

「涼宮ハルヒの消失」は,葛藤の中から出た究極の問いかけです。

朝倉というイレギュラー

朝倉涼子は,またもキョンを刺し殺そうとします。
なぜ長門はそんな朝倉を復活させたのか?
キョンの言及通り,「おかしくなった長門が復活させた朝倉もおかしくなった」のかもしれません。朝倉の存在も,長門のエラーによるものかもしれません。その解釈も正解でしょう。
長門の世界改変を維持するため,長門自身の防衛役として朝倉が復活させられたという解釈も正解でしょう。
ただ,「涼宮ハルヒの憂鬱」というのは,視点によって解釈が異なり,どれも正解になり得るのが特徴であり魅力だと思います。

朝倉涼子は,まるでときメモの藤崎詩織のような(笑),ステレオタイプの美少女優等生です。朝倉涼子の存在は,ハルヒの非日常世界とは対極にいるといってよいでしょう。日常的な世界に改変するのであれば,朝倉涼子がいる世界のほうがリアルかもしれません。「涼宮ハルヒの憂鬱」が一転して,3年間のうちに女子生徒を攻略する高校生活になるかもしれません(笑)。谷口が,早乙女好雄のようなプレイボーイになって,女子生徒の情報を教えてくれるでしょう(笑)。全く違う話になりますね。
そのほうがリアルなストーリーでしょう。「涼宮ハルヒの憂鬱」では,SFです,フィクションです,うそっぱち(笑)です。
朝倉涼子のいる世界のほうが日常的世界です。

元の世界に戻そうと長門を撃とうとするキョン。彼をまたも刺すのが朝倉ですが,もし朝倉がキョンを刺すことによって,元の世界に戻るのを阻止できたとしたら。
朝倉は,長門とキョンとの間での三角関係で嫉妬した殺人犯という位置づけになるでしょう。
異様な事件ではありますが,それでも,宇宙人・未来人・超能力者がいる世界よりはリアルでしょう。

前述の通り,朝倉は,ハルヒの世界を壊す立場を任せられた存在です。
朝倉が,リアルな世界を保持しようとする側にまわるのは宿命でしょう。

「涼宮ハルヒの憂鬱」は,非日常の世界とリアルな世界との間を揺れ動く心の葛藤の中から生まれています。
リアルな世界に戻ろうとする力が常に働いているわけです。
ハルヒの非日常の世界に対する願望によって生じたゆらぎが「涼宮ハルヒの憂鬱」の世界を生み出しています。
そしてその世界を壊して戻そうとする力が働いています。それが閉鎖空間でもあり,そして朝倉の暴走でもあると思います。

「許さないわよ」「↑」「5」

「許さないわよ」は,キョンへの追及。鬼気迫るものがあります。

「↑」は,改札機の進行許可でもありますが,エレベーターの上昇でもあるでしょう。
「5」は5階で,朝倉の階です。
長門の部屋から帰るときに,キョンと朝倉の話している時間が7階から5階に移動する時間としては長すぎます。これはどうやら,時空がゆがんでいるような気がするのです。改変後の世界は,普通の日常世界のように見えて,つくられた世界なのかもしれません。箱庭のように思えます。

谷口というイレギュラー

ちなみに,谷口の存在も重要でしょう。ハルヒの世界では彼女ができてしまう。そのほうが面白いでしょう。意外でしょう。
リアルな世界だったら,彼女はできません。

ところが,リアルな世界でも特異点になってしまうのです。
それがたとえば,風邪を引いても気力で治さなければならず,40度を超さないと学校を休めないこと。
当初,涼宮ハルヒの進学先が判明しなかったのは,東中出身者が欠席していたからと考えられます。そして,古泉の漂流教室(笑)はそっくり光陽園学院に移っていた。
ところが,谷口は一日だけしか休まない。その結果,キョンは手がかりを得る。
これは,長門が与えてくれたヒントであるという解釈も成り立ち得ますし,それも正解でしょう。
同時に,非日常を諦めてリアルに揺れていく心の中で,それでもまだ残るイレギュラーのひとつだともいえると思います。

長門に生じたのは,エラーか,感情か,それとも?

長門自身は,エラー,バグだと言っています。
キョンは,感情だと言っています。

キョンは視聴者代表ですから,ありていな解釈をなぞらえて,感情が芽生えたのだと言っているのでしょう。それも正解なのでしょう。

では,なぜ長門は不完全なのか? キョンの情報統合思念体に対しての問いかけ。

結論から言えば不謹慎な言い方かもしれませんが,そのほうが面白いからでしょう。
非日常な世界に,宇宙人がいて,厳密にはヒューマノイドインターフェースで,淡々として感情を持たないようでいるが,しだいに感情が芽生えてくると。
そういうお話。
これは,ハルヒの願望。視聴者の願望。原作者の願望。情報統合思念体の願望。

長門が排除されることはあり得ないと思っています。杞憂です。なぜなら,SOS団には宇宙人が必要だから。そのほうが面白いから。

キョンの「ゆき」は「雪」か「有希」か?

「雪」なら標準語でよいわけです。しかしキョンのアクセントからすると,関西弁の「雪」か「有希」と言っているように聞こえます。
「雪」は,標準語なら,ゆ↑。関西弁なら,き↓です。
「有希」なら通常,き↓と言うでしょう。
本来ならば,どちらともつかないでおき,オープンにしておくほうが望ましい。そのほうが面白いと思います。どちらとも解釈がつけられるというのが,当初意図していた正解だと思うのです。
ところが,どう聴いてもき↓です。べつに,キョンが,雪が降ってきたのをいいことに「有希」と言ったという結論でも,また感動的ですよね。それでもいいと思います。

エンター(入部)とリターン(帰還)

わざわざこんな言葉遊びをしているのかと驚嘆(?)するが,EnterとRETURN。

文芸部においてあるパソコンは,NECのVALUESTARですね。おそらく,PC-9821のVALUESTARでしょう。
PC98では,エンターキーとは言わないのです。リターンキーと言うのです。(しかも,DOS/Vのエンターは一般的にはEnterなのに対し,PC98は全部大文字で「RETURN」。)
それはもともと,操作者がコマンドを入力して,端末にターンを返すから「リターン」というのでしょう。

長門のターン。キョンのターン。

元の世界の長門の立場では,DOS/Vパソコンが前提だったから「エンターキー」と書いたのでしょう。あるいは,キョンだと「リターンキー」って何? ってことになりかねなかったかもしれません。

キョンはすなわち,文芸部に入り(enter)日常の世界に戻る(return)か,SOS団に入り(enter)元のハルヒ世界に戻る(return)か,そういう選択に迫られます。ここが言葉遊びです。 入部届を選ぶ(enter)か,しおりを選ぶ(return)か。そういう意味でもあります。
いや,文芸部にSOS団員たち(鍵)を集めた時点で,改変後世界でもSOS団が結成されてしまった。そこでもはやプログラムは実行されたようなものなのかもしれません。キョンの決意ははっきりしているのでしょう。ハルヒの思いももはや,SOS団を結成することが前提になってしまっていますね。どっちの世界だっていずれにせよ,SOS団(名前なんてどうでもいいのかもしれませんが)が存在するのでしょう。

エンドロール終了後のシーンで,男の子の服の背中に矢印とともに「RETURN」と書いてあります。
リターンキーとエンターキーをかけたのは意図的なものだと,私は確信しています。

Ready? と SELECT?

長門がプログラムで出すプロンプトは,「Ready?」です。「SELECT?」ではありません。 これはおそらく,長門は「キョンは元の世界に戻るほうを選ぶだろう」と判断していたからではないかと思います。
元の世界に戻るほうがデフォルトなのです。[Y/n]のような選択肢です。
かりに長門のなかに感情が芽生えていて,キョンに構ってほしいと(極端には恋心が芽生えていたと)解釈するのだとすれば,「成功は保証できない」「帰還も保証できない」というのは単なるガード文言ではなく,未練かもしれません。


2010-02-12追記

ミノムシ,球根

ゴミ捨て場から救出されるミノムシは,意思と関係なくユートピアに移動させられるキョンの比喩でしょう。植えられる球根も同様です。
球根については,光陽園学院の前の花屋の看板が,チューリップの球根が入荷したことの宣伝になっています。その看板の前からハルヒのところに足を踏み出すことが,平凡な日常ではなくハルヒのいる非日常の世界に踏み出すことに比喩です。

徒然草,黒板

徒然草は,混乱の時世から隠遁する吉田兼好の作。「涼宮ハルヒの憂鬱」は,面白い学園生活を描いた谷川流の作。その作品を楽しいと思っている視聴者は,平凡な日常からの隠遁する気持ちがあるかもしれません。
日本史の授業で書き換えられる黒板は,消失と書き換え。そしてそれに落胆する生徒たち。

朝倉のつくるおでんか,ハルヒのつくる鍋か?

朝倉のつくるおでんを囲む,朝倉と長門とキョン。比較的平凡な日常の学園ラブストーリーかもしれません。ハルヒのつくる鍋を囲むSOS団の非日常。「涼宮ハルヒの憂鬱」の一シーン。どちらを選ぶか?

もっとも,いずれのシーンも登場人物の思いが渦巻いているのです。長門好きな朝倉が,キョンを牽制して長門との仲の良さを見せつける場面か。SOS団でも,長門や朝比奈さんや古泉の心の奥底にある本心。どちらもフクザツ。

古泉リンゴむきすぎの件

いくらなんでも多すぎて笑ってしまいますが,集まると思われる人数分むいていたのでしょう。
最後にウサギ型にしたのは,長門のバグの象徴かもしれません。あるいは「うらやましい」と思う古泉の本心の象徴でもあるのかもしれません。

SOS団員たちそれぞれの結論

ハルヒ
消失後世界のハルヒの言動から明白。消失前世界のほうが面白いに決まっている
長門
緊急脱出プログラムを作ったこと,七夕の日にしおりをキョンに手渡したところからいって,消失前世界を選んでいる
朝比奈さん
大人バージョンは,楽しい思い出だったと回顧している。消失前世界のほうがよいという結論。(※ただし,キョンもいつか大人になる。そのときは「涼宮ハルヒの憂鬱」が完結するはずである。朝比奈さん大人バージョンは,「涼宮ハルヒの憂鬱」の完結した世界から来ている可能性がある。いつか終わるという前提)
古泉
消失後世界でも,ハルヒは転校生という属性にしか興味を示さないので,メリットがない。強いて言えば,消失前でも後でも変わらない
キョン
結局,消失前世界を選ぶ

刺されるキョンを助けに来るのは

エピローグでのキョンの独白からすると,キョン,長門,朝比奈さん。映像描写でも,朝倉のナイフをつかんだのは,眼鏡をかけていない長門に見えます。キョンを囲んでいるのは朝比奈さん大人バージョンと,助けに来た朝比奈さん。古泉は描写されていません。

七夕の夜に朝比奈さん大人バージョンが長門に対して「あのときも~迷惑をかけた」と言っているのは,キョンが刺され,助けに行くことまでを言っている可能性があります。そうであるとすれば,伏線。

朝倉の記憶は復活していたのか?

復活していたとすれば,キョンがRETURNキーを押したあとの,「許さないわよ」のタイミングで,さかのぼって記憶が復活。そしてキョンを刺したと考えるのが自然だと思います。

もしもキョンが刺されて死んでしまったとしたら,刺されたキョンが消滅して家で寝ているキョンのみの世界になるか,家にいたキョンが外に出てきて朝倉に刺されたという世界になると思われます。後者の場合,朝倉は長門を尾行してきて,長門を撃とうとしたキョンに対して刺したという展開。いずれにせよ,視聴者代表であるキョンが死んでしまった場合には,視聴者が作品世界を観測できなくなるため,そこで終了します。

世界の選択か? ヒロインの選択か?

本筋でいえば,キョンは,消失前世界か消失後世界かいずれを選択するのかという話です。しかし映像描写からすると,改札機で,引き留めるメガネ長門を振り払い,その先にはハルヒがいたという表現があるため,ヒロインの選択という解釈をするのも正解と言えると思います。どちらもOK。

キョンの葛藤

葛藤するキョンの揺れ動く気持ちが,次第に消失前世界を選ぶという決意に固まっていく,その描写がポイントです。
ときには手詰まりであきらめの言葉が出るほどだったのです。そこに谷口のハルヒに関する言及があって希望がつながったり。
SOS団員を集め,文芸部室に全員が集まった。このときに消失後世界のハルヒも,SOS団を結成してしまいます。もうこのときには,消失前に戻るのが既定路線でしょう。
キョンがポケットから入部届としおりを取り出したとき,長門を制止して自ら,落ちたしおりを拾う。そして入部届のほうを長門に返す。このシーンもキョンの決意を表現する印象的シーンです。
そして,キョンは,もともと部室にいた人間だと言う。SOS団の団員その一だと言う。
ところで,鍵(キー)を集めるのと,エンターキーを押すというのはダジャレ?

キョンの正体

キョンの本名は明かされてはいけません。キョンは,ときメモやドラクエにおける主人公と同様,プレイヤーの分身です。したがって,本名は視聴者ごとに異なるのだと思います。

キョンがジョンスミスであることがハルヒに明かされ,ハルヒが信じてしまったときは,「涼宮ハルヒの憂鬱」の世界は完全にフィクションになってしまい,視聴者が観測できない世界になるかもしれません。そのときは,「涼宮ハルヒの憂鬱」の完結になってしまいます。ハルヒが,願望を持ち続けながら,同時に信じていない。その揺れ動くゆらぎによって,「涼宮ハルヒの憂鬱」の作品世界が維持されています。

最後の長門は いつの長門?

眼鏡をかけていないことから,テレビアニメでいう朝倉消失後なのは確定。
問題は,本作の最初か最後か。これは断定不可能。手がかりは,男の子が女の子にカードを作ってあげたことと,男の子の服の背中の「RETURN」と矢印。これをみて世界を改変させたという解釈が自然であるようにも思われるが,断定できません。

(余談)文芸部のパソコン

背面端子や起動画面から察するに,PC-9821のVALUESTAR。OSも,NEC版のPC98用Windows95。旗のところでも,NECのロゴがあります。ただ実機は,起動時の音は,旗のところではなく(旗の時は裏でデバイスのロード中なので音は出せないはず),デスクトップ画面が出たときに音が出たような記憶があります。あと,PC98では起動ドライブはAドライブになりますので,ハードディスクはAドライブであるほうが正しい気がするのですが,実際はどうなのでしょうか。


2010-02-25追記

続:最後のシーンの長門 考

あくまでも仮説ですが
もともとは,長門はキョンと一緒に図書館に来て,長門が本をずっと読んでいるので待ちきれなくなったキョンがカードを作ってあげたわけです。
しかし,長門としては,図書館で本を借りられるようになったのがありがたかったはずです。
そんなところで,図書館で長門は,男の子が女の子にカードを作ってあげたところを見て,女の子が「ありがとう」と言っていたのを聞いた。(最後のシーン)
そこで,長門は世界を改変したときに,長門がキョンに頼んでカードを作ってもらったということにした。そして,文芸部室で自分が読んでいる本は図書館で借りたのだとキョンに説明し,さらには自宅でキョンに対して「ありがとう」とお礼を言った。
結局は,世界は再改変されることになったわけですがそれでも,病院で,長門はキョンに対して「ありがとう」と言ったわけです。これで話の流れはつじつまが合っているように思います。

キョンを3年前の七夕に行った理由。朝比奈さん(大)に会う必要があった理由

いまさらですが。

長門のエラー,バグ

無限ループになりそうだったエンドレスエイトは,長門にとってはバッファオーバーフロー寸前だったということがいえるでしょう。(プログラマ的にはしっくりくると思います)
長門は三年前から世界を改変してしまうことを知っていたわけですが,それでもあえてその流れを維持する必要があったわけです(規定事項)。知っていながらに規定事項を維持しないといけない,その負担はそうとうなものではないかとも思います。
バッファオーバーフロー(バッファオーバーラン)というのがあります。用意されたメモリバッファを超えたところにデータを書き込もうとして起こる問題です。
たとえば,ある変数にメモリバッファを用意するとします。ところがそこに,当初想定されていた大きさ(バッファ長)を超える長さのデータを代入しようとすることが起こりうるとします(そういうバグのあるプログラムを書いてしまった)。すると,バッファをあふれてしまったら誤動作が生じるわけです。
長門の場合,エラーが当初想定されていた量を超えたために,バグが表面化し,長門が異常動作したというように説明することができます。
そして,バッファオーバーフローは,セキュリティホールを突く攻撃に使用されることがあります。バグによっては,攻撃者の意図したコードを動作させることができます。
これが,長門に起こったこと。

雪は長門の象徴です。雪が降り出しそうな曇り空にも象徴的な意味があります。ストーリー上では,曇っている日が続き,そして再改変後に病院の屋上で雪が降り始めました。
キョンの自問自答のシーンでも,雪の結晶や,雪でかたどった登場人物像が登場します。また,長門の,ゆっくりと時間をかけて変わっていくというところも,雪解けと対応づけられるところです。


2010-03-01追記
そろそろ打ち止めかもしれません。

最終シーンは結局

公式ガイドブックによると,再改変後みたいです。だとすると

と解釈すればよいのでしょうか?


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